2010年11月15日

ロザリオ




ロザリオの聖母。ルシア修道女の記憶をもとに作製され、コインブラのカルメル修道院に安置されたファティマの聖母像。

「いつの日にか、ロザリオとスカプラリオにより、私はこの世を救います」
(聖ドミニクスに告げられた聖処女マリアの御言葉)。

ロザリオの祈りについて、カトリック教会の外部の一般の人々は、よくご存じないと思うので、何かのお役に立つかも知れないと思い、祈ってみたいと思う方々のために祈り方を記しておきます。私のように、教会へ通い始める前に、まだ洗礼を受けていなかった人間でも、真剣に祈ればお恵みがいただけたのですから。


<各玄義と黙想> <構成する祈り> <数珠と祈りの位置>

《参考文献》

カトリック教区聯盟編『公教会祈祷文』ドン・ボスコ社1960年2月
カトリック中央協議会編『公教会祈祷文』中央出版社1988年5月第55刷
フランシスコ会聖書研究所訳『新約聖書』中央出版社1989年4月改訂15刷
フェデリコ・バルバロ訳『聖書』講談社1988年5月第7刷
聖ルイ・デ・モンフォー著『ロザリオの神秘』斎田靖子和訳(エンデルレ書店2003年3月2版2刷)


<各玄義と黙想>

喜びの玄義

第1玄義 マリアへの天使のお告げ
この1連をささげて、聖母がおん告げを受けたまいたるを黙想し、そのおん取り次ぎによりてけんそんの徳をこいねがわん。

み使いは(祭司ザカリアに)言った。「あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その名をヨハネとつけなさい」(ルカ1:13)
(聖所から出た)ザカリアは人々に身ぶりで示すだけで、ずっと口のきけないままであった。(ルカ1:22)
六か月目に、一人のおとめ(マリア)のもとに、み使いガブリエルが、神から遣わされた。(ルカ1:26)
み使いは「恵まれた者、喜びなさい。主はあなたとともにおられます」と言った。(ルカ1:28)
マリアは胸騒ぎがし、このあいさつはなんのことであろうかと思いまどった。(ルカ1:29)
「あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その名をイエズスとつけなさい」(ルカ1:31)
「どうしてそのようなことがありえましょうか、わたくしは男の人を知りませんのに」(ルカ1:34)
み使いは答えた「聖霊があなたに臨み、いと高きおん者の力があなたを覆うでしょう」(ルカ1:35)
「エリサベツも、年寄りでありながら男の子をみごもっています。うまずめと言われていたのに」(ルカ1:36)
マリアは「わたくしは主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」と答えた。(ルカ1:38)

第2玄義 マリアのエリザベトご訪問
この1連をささげて、聖母がエリザベトを訪問したまいたるを黙想し、そのおん取り次ぎによりて人を愛する徳をこいねがわん。

マリアは旅立ち、急いで山地に向かい、ユダの、ザカリアの家に入って、エリサベツにあいさつした。(ルカ1:39-40)
エリサベツがマリアのあいさつを聞くと、胎内の子がおどり、エリサベツは聖霊に満たされて、叫んだ。(ルカ1:41)
「あなたは女のうちで祝福されたかた、あなたの胎内の子も祝福されています」。(ルカ1:42)
「あなたのあいさつの声が、わたくしの耳に入ったとき、胎内のわが子(洗者ヨハネ)が喜んでおどりました」。(ルカ1:44)
マリアは言った「わたくしの魂は主をあがめ、わたくしの霊は救い主である神を喜びたたえ、おどります」。(ルカ1:46-47)
「主はあわれみを覚えて、そのしもべ、イスラエルを助けてくださいました。わたくしたちの先祖に仰せられたとおりに」。(ルカ1:54-55)
マリアはエリサベツのところに三か月ほど留まり、そして、家に帰った。(ルカ1:56)
エリサベツは月が満ちて、男の子を産んだ。近所の人々や親族は、ともに喜んだ。(ルカ1:57-58)
父親(ザカリア)に、この子をなんと名づけたいかと、手まねで尋ねた。彼は、「その名はヨハネ」と書いた。(ルカ1:62-63)
「幼な子よ、おまえは、いと高きおん者の預言者と呼ばれる。主に先がけて行き、その道を整え(る)」。(ルカ1:76)

第3玄義 主イエズスのご降誕
この1連をささげて、主の降誕したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて清貧の徳をこいねがわん。

母マリアはヨセフと婚約していたが、同居する前に、聖霊によってみごもっていることがわかった。(マタイ1:18)
主の使いが夢に現われて言った「ダビデの子孫ヨセフよ、妻マリアを家に迎え入れるのを恐れるな」。(マタイ1:20)
そのころ、全世界の人々を戸籍に登録せよという勅令が、ローマ皇帝アウグストゥスによって発布された。(ルカ2:1)
ヨセフも、登録のために、マリアを伴って、ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。(ルカ2:4-5)
ところが、二人がそこにいる間に、マリアはお産の日が満ちて、男の初子を産んだ。(ルカ2:6)
そして、その子をうぶぎにくるみ、かいばおけに寝かせた。宿屋には、彼らのために場所がなかったから。(ルカ2:7)
主の使いが羊飼いたちのそばに立ち、主の栄光が羊飼いたちを覆い照らしたので、彼らはひどく恐れた。(ルカ2:9)
「きょう、ダビデの町に、あなたがたのために、救い主がお生まれになった。このかたこそ主メシアである」。(ルカ2:11)
「あなたがたは、うぶぎにくるまれて、かいばおけに寝ている乳飲み子を見るであろう。これがしるしである」。(ルカ2:12)
突然、み使いに天の大軍が加わり、「いと高き天においては神に栄光、地においてはみ心にかなう人々に平安」。(ルカ2:13-14)

第4玄義 幼子イエズスの神殿へのご奉献
この1連をささげて、聖母がきよめの式にあずかり、主を聖殿にささげたまいたるを黙想し、そのおん取り次ぎによりておきてを守る徳をこいねがわん。

律法に定められた彼らの清めの日数(40日)が満ちると、両親は、みどり子を連れてエルサレムに上った。(ルカ2:22)
その子を主にささげるためであり、山鳩一つがいか、家鳩のひな二羽をいけにえにささげるためであった。(ルカ2:23-24)
シメオンという人がいた。この人は正しい人で信心深く、イスラエルが救われるのを待ち望んでいた。(ルカ2:25)
彼が聖霊に導かれて神殿に来ると、みどり子イエズスを連れた両親が、律法のしきたりを行なおうとして、入って来た。(ルカ2:27)
シメオンはこの子を抱き、言った「主よ、今こそ、あなたはおことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます」。(ルカ2:29)
「この救いこそ、あなたが万民の前に備えられたもの、異邦人を照らすための光、あなたの民イスラエルの栄光です」。(ルカ2:31-32)
シメオンは、マリアに言った。「この子は、逆らいを受けるしるしとなり、あなた自身も心を剣で貫かれるでしょう」。(ルカ2:34)
女預言者(アンナ)も近づいて来て神をたたえ、あがないを待ち望んでいるすべての人に、みどり子について語った。(ルカ2:38)
星が先立って進み、博士たちはその星を見て非常に喜んだ。家の中に入ってみると、幼な子は母マリアとともにおられた。(マタイ2:9-10)
博士たちはひれ伏して幼な子を拝んだ。そして宝箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。(マタイ2:11)

第5玄義 少年イエズスを神殿にて発見
この1連をささげて、聖母が主を聖殿に見出したまいたるを黙想し、そのおん取り次ぎによりて主を愛する徳をこいねがわん。

博士たちが立ち去ると、主の使いがヨセフの夢に現われ「幼な子とその母とを連れて、エジプトに逃げよ」と告げた。(マタイ2:13)
ヘロデが死ぬと、主の使いが、ヨセフの夢に現われ「幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け」と告げた。(マタイ2:19-20)
また、夢でお告げを受けたので、ガリラヤ地方に難を避け、ナザレという町に行ってそこに住んだ。(マタイ2:22-23)
イエズスが十二歳になられたときも、彼らは(過越の)祭りのならわしに従って都(エルサレム)に上った。(ルカ2:42)
帰路についたが、少年イエズスはエルサレムに残っておられた。両親はそれに気づかなかった。(ルカ2:43)
三日目に、イエズスが神殿の境内で、学者たちに囲まれて座り、彼らに質問しておられるのを見つけた。(ルカ2:46)
母は、「どうしてこんなことをしましたか。お父さまもわたしも心配して、あなたを捜していたのです」と言った。(ルカ2:48)
イエズスは、「わたくしが自分の父の家にいるのはあたりまえだということをご存じなかったのですか」と仰せになった。(ルカ2:49)
それからイエズスは、両親とともにナザレに下って行き、二人に仕えてお暮らしになった。(ルカ2:51)
母はこれらのことを心に留めていた。イエズスは知恵も増し、背たけも伸び、ますます神と人とに愛された。(ルカ2:52)


光の玄義

第1玄義 主イエズスのご受洗
この1連をささげて、主が洗礼を受けたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて罪に死に光に生きる恵みをこいねがわん。

洗礼者ヨハネが荒れ野に現われ、人は悔い改めて洗礼を受け、罪のゆるしを得るべきであると宣べ伝えていた。(マルコ1:4)
ヨハネはらくだの毛の衣を着て、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜を食物としていた。(マルコ1:6)
ヨハネは宣べ伝えて言った。「わたしよりも力のあるかたが、後からおいでになる」。(マルコ1:7)
ヨハネは(祭司やレビ人たちに)答えた。「わたしは、『《主の道をまっすぐにせよ》と、荒れ野に叫ぶ者の声』である」。(ヨハネ1:23)
そのころ、イエズスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼をお受けになった。(マルコ1:9)
イエズスが水の中からあがると、天が開け、「霊」が鳩のように自分の上に降って来るのをごらんになった。(マルコ1:10)
天に声がした。「あなたはわが愛する子、わが心にかなう者である」。「霊」はイエズスをすぐ荒れ野に追いやった。(マルコ1:11-12)
イエズスは四十日の間そこに留まり、サタンに試みられ、野獣の住む所におられたが、天使たちが仕えていた。(マルコ1:13)
ヨハネはイエズスが自分の方に来られるのを見て、こう言った。「見るがよい。世の罪を除く神の小羊だ」。(ヨハネ1:29)
「見るがよい。神の小羊だ」。二人の弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエズスに付いて行った。(ヨハネ1:36-37)

第2玄義 主がカナの婚礼式にご出席
この1連をささげて、主が水をぶどう酒に変えたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて隣人を思いやる恵みをこいねがわん。

さて、三日目にガリラヤのカナで婚礼があり、イエズスの母がそこにいた。イエズスも弟子たちも招かれていた。(ヨハネ2:1-2)
ぶどう酒がなくなりかけたので、母はイエズスに「ぶどう酒がありません」と言った。(ヨハネ2:3)
イエズスは母にお答えになった。「婦人よ、このことについて、わたしとあなたとは考えが違います」。(ヨハネ2:4)
「わたしの時はまだ来ていません」。母は給仕たちに「何でもこの人の言うとおりにしてください」と言った。(ヨハネ2:4-5)
ところで、そこにはユダヤ人の清めの式に用いる石の水がめが六つ置いてあった。(ヨハネ2:6)
イエズスは給仕たちに「水がめに、水をいっぱい入れなさい」と仰せになった。(ヨハネ2:7)
イエズスが、「汲んで、宴会の世話役のところに持って行きなさい」と言われると、彼らはそれを持って行った。(ヨハネ2:8)
世話役は、ぶどう酒になった水を味わってみた。そのぶどう酒がどこから来たか、給仕たちは知っていた。(ヨハネ2:9)
世話役は、花婿を呼んで言った。「あなたは良いぶどう酒を今まで取って置いたのですね」。(ヨハネ2:9-10)
このことを、イエズスは最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自分の栄光を現わされた。(ヨハネ2:11)

第3玄義 主の奇跡をともなう宣教活動
この1連をささげて、主が神の国を奇跡とともに述べ伝えられたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて福音宣教の勇気をこいねがわん。

イエズスは、ヨハネが捕らえられたと聞いて、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と宣べ伝え始められた。(マタイ4:12,17)
「自分の貧しさを知る人は幸いである、天の国はその人のもの。心の清い人は幸いである、その人は神を見るであろう」。(マタイ5:3,8)
「偽善者は不幸だ。内側は強欲と不節制とで満ちている。まず杯の内側を清めなさい。そうすれば、外側も清くなる」。(マタイ23:25-26)
「人から出て来るもの、それが人を汚すのである。内部、すなわち人の心の中から邪念が出る。悪はすべて内部から出て、人を汚す」。(マルコ7:20-23)
「よく言っておく。あなたたちは心を入れかえて幼な子のようにならなければ、天の国には入れない」。(マタイ18:3)
「第一のおきてはこれである。『イスラエルよ、聞け。われらの神である主は、唯一の主である』」。(マルコ12:29)
「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』」。(マルコ12:30)
「第二のおきては、『隣人をあなた自身のように愛せよ』。この二つのおきてよりも大事なおきてはない」。(マルコ12:31)
「真の礼拝者たちが霊と真理とにおいて、おん父を礼拝する時が来る。今がその時である。神は霊である」。(ヨハネ4:23-24)
「わたしは、真理について証しをするために生まれ、この世に来た。真理に属している人は皆、わたしの声に耳を傾ける」。(ヨハネ18:37)

第4玄義 主の高い山の上でのご変容
この1連をささげて、主が高い山の上にて変容したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて観想の恵みをこいねがわん。

イエズスは(弟子たちに)、「それでは、あなたたちはわたしを何者だと言うのか」とお尋ねになった。(マルコ8:29)
すると、シモン・ペトロが、「あなたは生ける神の子、メシアです」と言った。(マタイ16:16)
イエズスは、人の子が多くの苦しみを受け、殺され、そして三日の後に復活することを教え始められた。(マルコ8:31)
「わたしの後に従いたい者は、おのれを捨て、日々、自分の十字架をになって、わたしに従いなさい」。(ルカ9:23)
イエズスはペトロとヤコブとヨハネを連れて、高い山にお登りになった。そこには彼ら四人しかいなかった。(マルコ9:2)
顔は太陽のように輝き、衣は光のように白く光った。モーセとエリヤが現われて、イエズスと語り合っていた。(マタイ17:2-3)
彼らは栄光のうちに現われて、イエズスがエルサレムで成し遂げようとする最期について話していた。(ルカ9:31)
ペトロは、イエズスに言った。「主よ、お望みならば、わたくしはここに三つの仮のいおりを造りましょう」。(マタイ17:4)
すると、雲が現われて彼らを覆い、雲の中から声が聞こえた。「これはわが愛する子。彼に聞け」。(マルコ9:7)
弟子たちは沈黙を守って、自分たちが見たことを、そのころ、だれにも話さなかった。(ルカ9:36)

第5玄義 主の最後の晩餐でのご聖体の制定
この1連をささげて、主がご聖体を制定したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりてご聖体の主とともに生きる喜びをこいねがわん。

(二人の弟子は)めろばと子ろばを引いて来た。そして、その上に自分たちのマントをかけると、イエズスはそれにお乗りになった。(マタイ21:7)
群衆は、イエズスの前に行く者も後に従う者も、叫んで言った。「ダビデの子にホザンナ」。(マタイ21:9)
イエズスがエルサレムに入られると、都じゅうが大騒ぎとなり、人々は口々に「この人はだれだろう」と言った。(マタイ21:10)
二人の弟子は出かけた。町に行ってみると、イエズスが仰せになったとおりであったので、過越の食事を用意した。(マルコ14:16)
「わたしは苦しみを受ける前に、あなたたちといっしょにこの食事(最後の晩餐)をすることをせつに望んでいた」。(ルカ22:15)
食事をしているとき、イエズスはパンを取り、賛美をささげてこれを手で分け弟子たちに与えて仰せになった。(マルコ14:22)
「取りなさい。これはわたしの体である」。また、杯を取り、感謝をささげて、彼らに、お与えになった。(マルコ14:22-23)
イエズスは仰せになった。「これはわたしの血であり、多くの人のために流される契約の血である」。(マルコ14:24)
「新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたたちを愛したように、互いに愛し合いなさい」。(ヨハネ13:34)
「今夜あなたたちは皆、わたしのことでつまずくであろう。『わたしは牧者を打つ。羊の群れは散ってしまう』」。(マタイ26:31)

(光の玄義は教皇ヨハネ・パウロ2世が作ったばかりのまだ新しい玄義で、祈り方も祈りの文もまだ定着していません。ここに掲載したのは、あちこちの記述からつぎはぎで試作したものにすぎません)


苦しみの玄義

第1玄義 主のゲッセマニの園でのお苦しみ
この1連をささげて、主がゲッセマニの園にて死するばかり憂いたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて罪を痛悔する恵みをこいねがわん。

やがて、イエズスは弟子たちといっしょにゲッセマネという所にお着きになった。(マタイ26:36)
「わたしが祈る間、ここに座っていなさい」と言って、ペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて行かれた。(マルコ14:32-33)
彼らに、「わたしの魂は悲しみのあまり、死ぬほどである。ここにいて、目を覚ましていなさい」と仰せになった。(マルコ14:34)
少し進み、地にひれ伏し、もしできることならば、この時が自分を過ぎ越すようにと祈り、こう仰せになった。(マルコ14:35-36)
「アバ、父よ、あなたにはできないことはありません。わたしからこの杯を取りのけてください」。(マルコ14:36)
「しかし、わたしの思いどおりにではなく、あなたのおぼしめしどおりにしてください」とお祈りになった。(マタイ26:39)
弟子たちのところに来てごらんになると、三人は眠っていた。ペトロに言われた、「シモン、眠っているのか」。(マルコ14:37)
「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈りなさい。心ははやっていても、肉体は弱いものだ」。(マルコ14:38)
イエズスは苦しみもだえ、いよいよ熱心に祈っておられた。汗は血のしずくのようになって地にしたたり落ちた。(ルカ22:44)
イエズスは三度目にもどって来たとき、仰せになった。「もう眠って休みなさい。終わった。時は来た」。(マルコ14:41)

第2玄義 主がローマ兵に鞭打たれる
この1連をささげて、主がむち打たれたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて罪を償う恵みをこいねがわん。

イエズスの言葉がまだ終わらないうちに、ユダが現われた。群衆が、剣や棒を持ってついて来た。(マルコ14:43)
ユダはイエズスにせっぷんしようとして近づいて来た。「ユダ、あなたはせっぷんで、人の子を裏切るのか」。(ルカ22:47-48)
人々はイエズスを捕らえて、大祭司カヤファのもとに連れて行った。そこには律法学者や長老たちが集まっていた。(マタイ26:57)
大祭司は再びイエズスに尋ねた。「あなたはほむべき方の子、メシアか」。イエズスは言われた「そのとおりである」。(マルコ14:61-62)
「あなたがたは、人の子が力あるおん方の右に座し、天の雲を伴って来るのを見るであろう」。(マルコ14:62)
大祭司は衣を引き裂いて言った。「この人は冒涜の言葉を吐いた。どうしてこれ以上、証人の必要があろうか」。(マタイ26:65)
ところで、ピラトは祭りのときに、人々が願い出る囚人を一人釈放するのをならわしとしていた。(マルコ15:6)
「だれを釈放してもらいたいか。バラバ・イエズスか、それとも、メシアと呼ばれるイエズスか」と言った。(マタイ27:17)
それは、大祭司たちがねたみからイエズスを引き渡したということを知っていたからである。(マルコ15:10)
ユダヤ人たちは、「バラバを」と再び叫んだ。バラバは強盗であった。そこで、ピラトはイエズスを連れて行かせ、鞭で打たせた。(ヨハネ18:40-19:1)

第3玄義 主が茨の冠を被せられる
この1連をささげて、主がいばらの冠をかむらせられたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて侮辱を恐れざる恵みをこいねがわん。

兵士たちはイエズスを中庭、すなわち総督官邸の中庭に連れて行き、部隊の全員を呼び集めた。(マルコ15:16)
兵士たちは茨で冠を編んでイエズスの頭にかぶらせ、「ユダヤ人たちの王、万歳」と言い、その顔を平手で打った。(ヨハネ19:2-3)
また、葦の棒で頭をたたいたり、つばをはきかけたり、ひざまずいて礼拝したりした。(マルコ15:19)
ピラトはまた外に出て行き、ユダヤ人たちに言った。「さあ、あの者をお前たちのところに引き出す」。(ヨハネ19:4)
イエズスは茨の冠をかぶり、深紅のマントをまとって出て来られた。ピラトは、「見るがよい。この男だ」と言った。(ヨハネ19:5)
祭司長たちや下役どもは、イエズスを見ると、「十字架に付けろ、十字架に付けろ」と大声で叫んだ。(ヨハネ19:6)
「わたしたちには律法があります。その律法によると、当然、死に値します。自分を神の子としたからです」。(ヨハネ19:7)
「この者を釈放するなら、あなたは皇帝の忠臣ではありません。自分を王とする者は皆、皇帝に逆らっているのです」。(ヨハネ19:12)
時は昼の十二時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに、「見るがよい。お前たちの王だ」と言った。(ヨハネ19:14)
祭司長たちは、「皇帝のほかに、我々には王はない」と答えた。そこでピラトは、イエズスを彼らに引き渡した。(ヨハネ19:15-16a)

第4玄義 主が十字架を担われる
この1連をささげて、主が十字架を担いたまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて苦難をあまんじ受くる恵みをこいねがわん。

兵士たちは、深紅のマントをはぎ取り、また、もとの服を着せ、十字架につけるために連れ出した。(マルコ15:20)
イエズスは自ら十字架を担い、「されこうべの場所」(ヘブライ語で「ゴルゴタ」)という所へ向かって出て行かれた。(ヨハネ19:17)
彼らが出て行くと、シモンというクレネ人が目にとまったので、これにイエズスの十字架を無理に背負わせた。(マタイ27:32)
大勢の民がイエズスの後について行った。その中にイエズスのことを嘆き悲しむ女たちがいた。(ルカ23:27)
イエズスは仰せになった。「エルサレムの娘たち、むしろ、自分自身のため、また、自分の子どもたちのために泣きなさい」。(ルカ23:28)
「『うまずめ、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は幸いである』と言う日が来るから」。(ルカ23:29)
さて、ほかにも二人の犯罪人がイエズスとともに死刑に処せられるために、引かれて行った。(ルカ23:32)
兵士たちは没薬を混ぜたぶどう酒をイエズスに飲ませようとしたが、イエズスはお受けにならなかった。(マルコ15:23)
それから、彼らはイエズスを十字架につけた。そして、だれがどれを取るかをくじで決めて、その衣を分けた。(マルコ15:24)
イエズスの頭の上のほうに、「これはユダヤ人の王、イエズスである」と書いた罪状書きをかかげた。(マタイ27:37)

第5玄義 主の十字架上での死
この1連をささげて、主が十字架にくぎ付けにせられて死したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて救霊の恵みをこいねがわん。

イエズスは、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは自分らが何をしているのか、わからないのです」と仰せになった。(ルカ23:34)
イエズスの十字架の傍らには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアがたたずんでいた。(ヨハネ19:25)
イエズスは、母と愛する弟子(使徒ヨハネ)とを見て、母に、「婦人よ、これはあなたの子です」と仰せになった。(ヨハネ19:26)
弟子には、「この方は、あなたのお母さんです」と仰せになった。弟子はイエズスの母を自分の家に引き取った。(ヨハネ19:27)
その後、イエズスは、もはやすべてが成し遂げられたことを知り、「のどが渇く」と言われた。(ヨハネ19:28)
太陽は光を失い、全地が暗闇に覆われて、三時まで続いた。(神殿の奥の)聖所の垂れ幕はまん中から二つに裂けた。(ルカ23:44-45)
イエズスは声高く叫んで、「父よ、わたくしの霊をみ手に委ねます」。こう言って、息を引き取られた。(ルカ23:46)
見物に集まっていた群衆も皆、このいろいろな出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。(ルカ23:48)
兵士の一人が槍でイエズスのわき腹を突き刺した。するとすぐに、血と水とが流れ出た。(ヨハネ19:34)


栄えの玄義

第1玄義 主のご復活
この1連をささげて、主の復活したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて信仰の徳をこいねがわん。

アリマタヤのヨセフが、大胆にもピラトのもとに行き、イエズスの体のさげ渡しを願い出た。(マルコ15:43)
イエズスを(十字架から)おろして亜麻布で包み、岩を掘って造った墓の中に納め、墓の入口に石をころがしておいた。(マルコ15:46)
イエズスは週の第一日、朝早く復活して、まずマグダラのマリアに現われた。マリアは、このことを告げた。(マルコ16:9-10)
この後、その(弟子たちの)うちの二人が、田舎のほうへ歩いていたとき、イエズスは別の姿で現われた。(マルコ16:12)
この二人も、他の人たちのところに行って告げたが、一同は、二人の言うことを信じなかった。(マルコ16:13)
夕方のことであった。弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちがいた場所のどの戸にも鍵をかけていた。(ヨハネ20:19)
イエズスご自身が皆のまん中に立ち、「あなたたちに平安があるように」と仰せになった。弟子たちは、幽霊を見ているのだと思った。(ルカ24:36-37)
イエズスは仰せになった。「なぜおびえているのか。どうして心に疑いを抱くのか。わたしの手や足を見なさい」。(ルカ24:38-39)
「手を触れて確かめなさい。幽霊には肉も骨もないが、わたしにはそれがある」。こう言って、手と足をお見せになった。(ルカ24:39-40)
「ここに何か食べる物があるか」。焼いた魚の一切れをさしあげると、イエズスはそれを受け取って、皆の前で召しあがった。(ルカ24:41-43)

第2玄義 主のご昇天
この1連をささげて、主の昇天したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて天国の福楽を深く望む心をこいねがわん。

トマスは、「指をその釘の跡に入れて、手をそのわき腹に入れてみなければ、決して信じない」と言った。(ヨハネ20:25)
さて八日目に、どの戸にも鍵がかけてあったのに、イエズスがおいでになって、真ん中に立(たれた)。(ヨハネ20:26)
トマスに、「指をここに持ってきて、わたしの手を調べなさい。手を伸ばして、わたしのわき腹に入れなさい」。(ヨハネ20:27)
「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と言われた。トマスは、「わたしの主、わたしの神」と答えた。(ヨハネ20:27-28)
イエズスは、使徒たちに、四十日にわたって現われて、神の国についてお話しになった。(使徒1:3)
使徒たちと食事をともにしておられたとき、彼らにエルサレムを離れないように命じ(られた)。(使徒1:4)
「わたしの父が約束されたものをあなたたちに送る。この天よりの力に包まれるまでは、都に留まっていなさい」。(ルカ24:49)
イエズスは、両手を上げて彼らを祝福された。そして祝福を与えながら彼らから離れて、天に上げられて行かれた。(ルカ24:50-51)
一むらの雲がイエズスを包んで、見えなくした。イエズスが上って行かれるとき、彼らは空を見つめていた。(使徒1:9-10)
弟子たちは、非常な喜びをもってエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。(ルカ24:52-53)

第3玄義 聖霊の降臨
この1連をささげて、聖霊の降臨したまいたるを黙想し、聖母のおん取り次ぎによりて聖霊の賜物(たまもの)をこいねがわん。

彼ら(使徒たち)はオリーブという山を下って、エルサレムに帰った。彼らは町に入ると、泊まっていた高間に上がった。(使徒1:12-13)
彼らは皆、婦人たちや、イエズスの母マリア、イエズスの兄弟たちとともに、心を合わせてひたすら祈っていた。(使徒1:14)
五旬祭の日が来て、みんなが一つ所に集まっていた。突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ(た)。(使徒2:1-2)
彼らが座っていた家じゅうに響き渡り、炎のような舌が現われ、分かれておのおのの上にとどまった。(使徒2:2-3)
すると、みんなは聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、さまざまな他国の言葉で語り始めた。(使徒2:4)
この物音に大勢の者が集まって来た。人々は、それぞれ自分の国の言葉で使徒たちが話すのを聞いて、あきれ(た)。(使徒2:6)
「わたしたちはそれぞれわたしたちの国の言葉で、あの人たちが神の偉大な業を語るのを聞こうとは」と言った。(使徒2:11)
ペトロは十一人とともに立ち、語った。「『神は仰せになる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ』」。(使徒2:14,17)
「『若者は幻を見、老人は夢を見る。彼らは預言する。天に不思議なことを現わし、地にしるしを現わす』」。(使徒2:17-19)
「イエズスを、神は、主ともメシアともなさったことを、すべての人々は、はっきりと知らなければなりません」。(使徒2:36)

第4玄義 聖母の被昇天
この1連をささげて、聖母の被昇天を黙想し、そのおん取り次ぎによりてよき終わりをとぐる恵みをこいねがわん。

マリアは言った。「そうです、今から後、いつの時代の人々も、わたくしを幸いな者と呼ぶでしょう」。(ルカ1:46,48)
「力あるおん者が、わたくしに偉大な業をなさったからです。そのあわれみは代々限りなく主を畏れ敬う者に及びます」。(ルカ1:49-50)
知恵は悪い心に入らず、罪にふける体に住まない。清い霊は、二枚舌を退け、無思慮を遠ざけ、不正が近づくと姿を隠す。(知恵1:4-5)
愛する者よ、あなたは、すべてが美しく、何の汚れもない。私のいいなずけは、閉じられた庭園、封じられた泉だ。(雅歌4:7,12)
「言っておく。栄華を極めたときのソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」。(ルカ12:27)
頭は、カルメル山のようにそびえ、その下げ髪は、緋のようだ。その背丈は、しゅろの木、乳房は、その実の房だ。(雅歌7:6,8)
一人の女が、「なんと幸いなことでしょう。あなたを宿した胎と、あなたが吸った乳房とは」と声高らかに叫んだ。(ルカ11:27)
まことに愛は、死のように強く、それは火の矢、神の炎だ。大水も、愛を消せず、大河も愛を押し流せない。(雅歌8:6-7)
砂ばくと荒れ地は喜び、荒野は喜びいさんで花咲かせ、サフランのように花をひろげよ、喜び、楽しみ、はねおどれ。(イザヤ35:1-2)
「暁のように広がり、月のように美しく、太陽のように輝き、軍勢のように恐るべきもの、それはだれか」。(雅歌6:10)

第5玄義 聖母の戴冠
この1連をささげて、聖母が天使と人類との元后(げんこう)に立てられたまいしを黙想し、そのおん取り次ぎによりて永福の冠をこいねがわん。

天に大きなしるしが現われた。一人の女が太陽をまとい、足の下には月を踏み、頭には十二の星の冠を戴いていた。(黙示12:1)
この女はみごもっており、子どもが生まれようとしていたので、その苦しみと痛みのために泣き叫んでいた。(黙示12:2)
また、もう一つのしるしが天に現われた。それは、七つの頭と十本の角のある巨大な赤い竜であった。(黙示12:3)
その七つの頭には七つの冠を戴き、その尾で天の星の三分の一を掃き寄せて、それを地上に投げつけた。(黙示12:3-4)
この竜は、子を産もうとしている女の前に立っていた。子どもが生まれたら、それを食い尽くすためであった。(黙示12:4)
この女は男の子を産んだ。すべての国民を治めることになっていたこの子は、神の玉座に引きあげられた。(黙示12:5)
女は荒れ野に逃げて行った。そこには、千二百六十日の間、この女を養うために、神の用意された場所があった。(黙示12:6)
さて、天では戦いが起こった。ミカエルとその天使たちが、竜に戦いをいどんだのである。(黙示12:7)
女には大きな鷲の二つの翼が与えられた。あの蛇を逃れて、荒れ野の場所へ飛んで行くためであった。(黙示12:14)
蛇は、口から川のように水を女のうしろに吐き出して、彼女を押し流そうとした。しかし、地は女を助け(た)。(黙示12:15-16)

(祈りの文面は、喜びの玄義、苦しみの玄義、栄えの玄義の三玄義は 次項に同じです。各玄義のあとに黙想のヒントとして並べた聖句は、新約聖書はフランシスコ会聖書研究所訳『新約聖書』から、旧約聖書はバルバロ神父訳『聖書』講談社から引用させて頂きました)。


<構成する祈り>

十字を切る
(祈りを始める前に、額、胸の中央、左肩、右肩の順に右手人差し指を当て)
聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊(せいれい)との御名(みな)によりて。アーメン。

使徒信経
(ロザリオの十字架の部分で1回)
われは、天地の創造主、全能の父なる天主(=神)を信じ、
またそのおんひとり子、われらの主イエズス・キリスト、
すなわち聖霊によりて宿り、童貞マリアより生まれ、
ポンシオ・ピラトの管下にて苦しみを受け、十字架につけられ、
死して葬られ、古聖所(こせいしょ)にくだりて三日目に死者のうちよりよみがえり、
天にのぼりて全能の父なる天主の右に座し、
かしこより生ける人と死せる人とを裁かんために来たりたもう
主を信じたてまつる。

われは聖霊、聖なる公教会、諸聖人の通功(つうこう)、
罪のゆるし、肉身のよみがえり、終わりなき生命(いのち)を信じたてまつる。
アーメン。
(編者註:
古聖所=天国は、イエズス・キリストによって初めて人類にもたらされた霊魂の救い。古聖所は、イエズス・キリストが地球に降誕される以前、つまりまだ天国という概念もなかった頃に、神を信じた義人たちが肉体の死後に行くところでした。黄泉という概念とは根本的に異なります。イエズス・キリストの功徳によって古聖所にいた義人たちの霊魂も救われました。
諸聖人の通功=天国にいる聖人たち、煉獄で償いを果たしている聖なる霊魂、そして地球上で霊的な成長のために努力している人々の間に成り立つ、霊的な交際のこと。神の聖旨(みむね)のために聖人たちや煉獄の霊魂たちは働き、私たちは祈りによってその助けを求められます)。

聖モンフォー「ロザリオについている十字架の部分で唱える使徒信経、もしくは使徒たちの象徴であるこの祈りは、全キリスト教徒の真理の聖なる要約です。信経は信仰の根源であり、基礎であり、全キリスト教徒と、永遠に続くすべての徳、全能の神をお喜ばせするあらゆる祈りの源となるものですから、大きな功徳のある祈りです」。

主祷文
(使徒信経の後に1回、ロザリオの各連の初めに1回)
天にましますわれらの父よ、
願わくは、聖名(みな)の尊まれんことを、
み国の来たらんことを、
聖旨(みむね)の天に行なわるるごとく地にも行なわれんことを。

われらの日用の糧(かて)を、今日(こんにち)われらに与えたまえ。
われらが他人(ひと)にゆるすごとく、われらの罪をゆるしたまえ。
われらを試みに引きたまわざれ、
われらを悪より救いたまえ。アーメン。

聖モンフォー「天にまします我らの父よ、すなわち主の祈りの価値はぬきんでています―なかんずく、この祈りを作られた方が人間でもなければ天使でもなく、すべての天使と人間の主である救い主、イエス・キリストだからです。この神の作られた祈りの申し分のない秩序、配慮を込めた迫力と平明さに触れれば、私たちの神である支配者の上智を讃えずにはいられません。主の祈りは、神に対する人間のあらゆる義務はもとより、人間の霊的及び肉体的に必要なすべてのことを包括しているのです」。

天使祝詞
(使徒信経と主祷文に続いて3回、ロザリオの各玄義を黙想しながら10回)
めでたし、聖寵(せいちょう)充(み)ち満てるマリア、
主おん身とともにまします。
おん身は女のうちにて祝せられ、
ご胎内のおん子イエズスも祝せられたもう。

天主のおん母聖マリア、
罪びとなるわれらのために、
いまも臨終のときも祈りたまえ。
アーメン。
(編者註:聖寵=恩寵。神から愛される恵み。愛そのものであられる神ご自身が、愛するあまりにご胎内に宿られたのですから、そのお恵みは充ち満ちて外へ溢れ出し、人類史を変えることになりました)。

聖モンフォー「天使祝詞はこの上なく神々しい祈りであって、その意義の深さは人間の理解力には及ばないので、福者アラン・デ・ラ・ロシュは、被造物のうち唯一人としてその意義を理解することは叶わず、それを本当に説明できるのは聖処女マリアから誕生された主、イエス・キリストだけであるという考えを持っていました。
この祈りの多大な価値は、何よりも先ず、それが聖マリアに向けて述べられていること、この祈りが天からもたらされた理由は、み言葉の托身を実現する目的だということ、そしてまた、この祈りを初めて口にしたのが大天使ガブリエルであったというところに起因しています。
天使のこの挨拶は、聖処女についてカトリック神学が教えるすべてのことを短く切り詰めた要約です。それは、賛美と懇願という二つの部分に分かれています。最初の部分は、マリアの偉大さを作り上げるに到ったあらゆる原因に触れ、第二の部分は私たちがマリアに願う必要のあることと、マリアの完全さを通じて必ず叶えられるのを期待しているすべての願いを表しています。
いとも聖なる三位一体が、私たちにその一部を現してくださり、その後の部分は、聖霊に神感を与えられた聖エリザベトがつけ加えました。神聖なる教会は、エペソの宗教会議でネストリウス派が異端の宣告を受けた四三〇年に結論を出し、聖処女がまことの神の母であることを定義しました。この時、教会は『天主の御母、聖マリア、罪びとなるわれらのために今も臨終の時も祈り給え』と唱えることで、神の母であるという、この栄光に満ちた肩書きを備えられた聖マリアに祈りを捧げるよう私たちに命じたのでした」。

栄唱
(使徒信経、主祷文、天使祝詞に続いて1回、ロザリオの各連の終わりに1回)
願わくは、聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊とに栄えあらんことを。

はじめにありしごとく、いまもいつも世々にいたるまで。
アーメン。

聖モンフォー「更に一連唱え終える毎に栄唱を唱えるのは実に素晴らしいことです」(これをつけ加えるようになった理由は、十中八九、聖ルイ・デ・モンフォー自らがそうしたからだと考えられています)。


ファティマの祈り
(ロザリオの各連の後に1回)
ああイエズスよ、
われらの罪をゆるしたまえ、
われらを地獄の火より守りたまえ。
またすべての霊魂、
ことに主のおんあわれみを最も必要としている霊魂を、
天国へみちびきたまえ。
アーメン。

大天使聖ミカエルへの祈り
(黙想中に妨げや誘惑を感じれば適宜、各連の後に)
大天使聖ミカエル、
霊戦(たたか)いにおいてわれらを護り、
悪魔の凶悪なる謀計(はかりごと)に勝たしめたまえ。
天主のかれに命を下したまわんことを、
平伏(ふ)して願いたてまつる。
ああ、天軍の総帥(そうすい)、
霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊(はいかい)するサタン及びその他の悪魔を、
天主のおん力によりて、地獄にとじこめたまえ。

アーメン

十字を切る(祈りを終わる時に)

聖母の汚れなき御心に日本を献ぐる祈
いと潔(きよ)きあわれみの御母(おんはは)、平和の元后(げんこう)なる聖マリアよ、われらは聖なる教会の導きに従い、今日(こんにち)、日本および日本国民を御身(おんみ)の汚(けが)れなき御心(みこころ)に奉献(ほうけん)し、そのすべてを御身の保護に委(ゆだ)ね奉(たてまつ)らんと欲(ほつ)す。

願わくは聖母、慈(いつく)しみの御(おん)まなざしもてわれらの心をみそなわし給(たま)え。

ああ、人々真理にうとく、その心くらみ、罪の汚れに染(そ)み、諸国はまた互(たがい)に分(わか)れて相(あい)争い、天主の霊威(れいい)を傷つけ、御身の御心を悲しませ参らするなり。

されどわれら日本国民は、ひたすらに光をしたい、平和をこいねがうものなれば、願わくは聖母、御(おん)あわれみの御心をひらきて、われらの願いを聞き給え。われら今、この世のすべての苦しみ、悩みを雄々しく耐え忍び、そを世の罪の償(つぐの)いとして、天主に捧げ、その御(おん)怒りをなだめ奉り、わけても御身の汚れなき御心にならいて、主の御旨(みむね)を重んじ、身を清く持(じ)して、聖なる一生を送らんと決心す。

願わくは聖母、力ある御手(みて)をのべて、われらの弱きを助け給え。

かくて、われらは同胞(どうほう)、相互(あいたがい)にたすけはげまし、諸国は正義と愛のきずなもて結ばれ、もつて世界は、とこしなえの平和を楽しむにいたらんことを望む。

願わくは、御身、慈母(じぼ)の愛もてわれらを護(まも)り給え。

天主の聖母、われらのために祈り給え。

キリストの御(おん)約束にわれらをかなわしめ給え。

祈願(きがん) 全能永遠なる天主、主は童貞(どうてい)聖マリアの御心のうちに聖霊のいみじき御宿(おんやど)をしつらえ給いたるにより、願わくは、御あわれみをたれて、かの汚れなき聖母の御心に日本を献(ささ)げ奉りたるわれらをして、主の聖心(みこころ)にそいて生(い)くるを得(え)しめ給え。われらの主キリストによりて願い奉る。

アーメン。


(祈りの文面は、『公教会祈祷文』カトリック中央協議会編・中央出版社1988年第55刷を用い、同カトリック教区聯盟編・ドン・ボスコ社1960年の古い版も参考にしました。教会外の一般の人に理解しやすいように、編者の判断で漢字と送り仮名等を変えた部分もあります。聖モンフォーの言葉は、斎田靖子訳『ロザリオの神秘』から引用させて頂きました)。

(カトリック教会の祈りの集いや司祭のマリア運動のチェナクルムにおいて、最近では口語文体の祈りの文面を用いることが多くなりました。信者の方でこれらの祈りの集いに参加される方は、その集いの流儀に合わされることをお勧めいたします。しかし、文語文体から口語文体の文面への移行期であるため、口語文体の文面にはところどころに間違いのあることが指摘されたりもしています。このブログは、個人の信心生活のために作られていますので、まだ不安定な口語文体の文面よりも、誰からも認められ定評のある文語文体の文面を用いることにしました)。


<数珠と祈りの位置>


十←使徒信経

○←主祷文

○←天使祝詞
○ 3回


○←栄唱

◎←第1玄義
|\主祷文
○ ○←天使祝詞
○ ○ 10回
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
||
○ ○←栄唱
|| 第2玄義
○ ○ 主祷文
○ ○
○ ○←天使祝詞
○ ○ 10回
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
||
○ ○←栄唱
|| 第3玄義
○ ○ 主祷文
○ ○
○ ○←天使祝詞
○ ○ 10回
○○(以下同じ)



Posted by haruka  at 07:50 │Comments(0)信心

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